栄研スタッフによる解説論文集 作成日 98/09/25

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リウマチ熱と栄養 −発展途上国におけるリウマチ性心疾患の制圧のために−

吉池信男(a)、Zaman Mohammad Mostafa(b)
(a)国立健康・栄養研究所 健康・栄養調査研究部
(b)National Center for Control of Rheumatic Fever and Heart Diseases, Dhaka, Bangladesh


はじめに

リウマチ熱は、A群β溶連菌による急性上気道感染の後に、2〜3週間の潜伏期間をおいて、発熱、関節症状、皮膚の発疹、心筋・心膜の炎症性変化等、全身の急性炎症症状を示す疾患である(1,2,3)。自己免疫的な機序の関与が強いと考えられており(4,5《A》、小児期(5〜15歳)に好発する(6,7,8)とされるが、20歳以上の者においても発症は少なくない(9)。急性期を過ぎた後も、免疫複合体の組織への沈着により心臓内膜(弁膜)の炎症は持続するため(10, 11)、不可逆的な弁膜の変形による心臓弁膜症が後遺症として比較的高率に残り、生活活動および生命予後を左右する。弁膜症を予防するためには、急性期を過ぎた後、十数年あるいは一生涯、ペニシリン等の抗生物質の投与を受けなくてはならない(3)。このようなリウマチ性弁膜症は、発展途上国においては主要な死因の一つである(12)。すなわち、"予防可能"な心臓疾患として、虚血性心疾患に並んで、その制圧が重要視される心臓疾患である。

先進国と発展途上国におけるリウマチ熱

リウマチ熱は、先進諸国では抗生物質の普及以前から急速に減少した(3,13,14《B》が、発展途上国においては依然として高率に発生している(3,12,13)。先に述べたように、リウマチ熱発症の前段階には、A群β溶連菌による咽頭炎がある。これは、発熱と特徴的な皮疹を伴うことが多く、「猩紅熱」と呼ばれるものである。わが国でも、小児科領域においては、依然よくみかける疾患である。医療機関において、急性期の症状から同疾患が疑われたり、咽頭培養で溶連菌が検出される場合には、リウマチ熱や急性糸球体腎炎への進展を防ぐために、10日間ほどペニシリン系経口抗生物質が投与されることが多い。しかし、軽症例あるいは非典型的な経過をとる症例では、抗生物質による治療が行われないことも多いと思われる。しかしながら、わが国をはじめとする先進諸国では、リウマチ熱の発生はまれである。つまり、発展途上国と先進諸国との間での、リウマチ熱の発生率の大きな差異は、抗生物質の投与や診断技術等、医学的な介入によることのみとは考えられない(4)。先進国において、溶連菌感染後のリウマチ熱の発生が近年減少した理由として、菌の病原性の変化(13)も検討されているが、宿主側のリウマチ熱に対する抵抗性の変化が、主要な要因の一つとして考えられている。すなわち、社会経済状態の向上により、宿主の栄養状態等が良くなり、溶連菌感染後に、リウマチ熱に進展しにくくなったという仮説である。一方、遺伝的な素因、具体的にはHLAの関与(5,15)や人種差(16)なども観察されている。

リウマチ熱と環境要因

低栄養が液性および細胞性免疫能を低下させることは良く知られている(17,18)。発展途上国では、たんぱくエネルギー欠乏やビタミンA欠乏状態にある小児は、急性呼吸器感染症、麻疹、急性腸管感染症発症のリスクが高いという研究結果も多く出されている(19,20)。しかし、リウマチ熱は、急性感染症そのものではない。前駆病態は、バクテリアによる急性上気道感染症であるが、リウマチ熱そのものは先に述べたように自己免疫的な機序によるものである。すなわち、病態を単純化して整理すれば、自己抗体産生系の賦活ないしは自己抗体産生抑制系の低下が背景にあると考えられる。このような自己免疫疾患と栄養との関連は、多くの患者・対照研究等の疫学研究においてもはっきりとした結果は示されていない。
リウマチ熱のリスクを高める環境要因としては、住居内あるいは学校生活における"人の混雑"(21,22,23,24)、貧しい家屋構造(22,23,24,25,26)、母親の教育レベルの低さ(21,26)が知られている。これらのうち、"人の混雑"については、溶連菌感染後のリウマチ熱への進展に対するリスクファクターというよりも、溶連菌による上気道感染症のリスクファクターであるかも知れない《D》

リウマチ熱と栄養

低栄養がリウマチ熱の発症のリスクを高めているのではないかとの仮説は、かなり古くから考えられている(27)。しかし、リウマチ熱あるいはリウマチ性心疾患の発生との関連について、ある特定の食物(28,29,30)や栄養素、栄養状態を検討した疫学研究は甚だ少ない。さらに、バイオマーカー(31)を用いて、栄養状態とリウマチ熱のリスクファクターとの関連を検討したものは非常に少ない。
例えば、米国の小児を対象とした研究では、卵黄(29)および全卵(32)の摂取がリウマチ熱発症のリスクを低下させると結論している。しかし、これらは、35年以上も前のものであり、疫学的にデザインされた観察研究ではない。さらに、米国では、一部例外的な再興(7)を除くと、リウマチ熱自体がまれなものとなった。
一方、発展途上国においては、ここ10年ほどの間に、患者・対照研究としてデザインされた研究がいくつか報告されるようになった。セビリアにおける研究(28)では、低体重がリウマチ熱のリスクファクターとして考えられ、卵、牛乳、野菜、果実等の食物摂取頻度との関連は統計学的に有意とはならなかった。また、タイにおける研究(30)では、リウマチ熱患者では、体重の低値が観察されたが、食物摂取頻度については関連は全く認められなかった。しかし、これらの研究では、対照群として"健康な小児"を用いている。
"健康な小児" →1→ A群β溶連菌による上気道感染症 →2→ リウマチ熱
という2段階のプロセスにおいて、1、2の両方を含めた発症のリスクを調べていることと考えられる。しかし、我々の主要な興味は、2の栄養学的なリスクファクターを明らかにすることである。したがって、我々の研究では、対照群として、溶連菌による最近の感染を示す所見のある者を用いた(25,33,34)。これは、従来の研究のデザインと比較して、大きなアドバンテージを有する。
さて、著者らの初期の研究(25)では、バングラデシュにある一専門病院の既存データを再解析することにより、年齢に対する身長(height for age)の低値が、社会経済水準、居住環境等を多変量解析で調整した後も、リウマチ熱と有意に関連することが認められた。すなわち、慢性的なエネルギー・たんぱく質欠乏状態が、溶連菌感染後のリウマチ熱への進展に対するリスクを高めていることが示唆されたC−1[TEXT-1]
次いで、1994年6月より実施した患者・対照研究では、リウマチ熱のリスクを高める因子として、年齢に対する身長(height for age)の低値、年齢に対する体重(weight for age)の低値、年齢に対する上腕周囲長の低値、卵、牛乳、鶏肉、豆類、果実類、ルティ(=自家製パン)の各摂取頻度が低いことが観察された。これらの内、社会経済的な複数因子を調整した後も、上腕周囲長と卵の摂取頻度は、統計学的に有意の関連として残った(33) D−1[TEXT-2]

一方、リウマチ熱発症と栄養状態を表すバイオマーカーとの関連については、血清脂質についてわずかに検討されているのみであった。トルコにおける臨床研究では、急性リウマチ熱患者を、活動性心膜炎のある者と関節症状のみの者に分けて、A群β溶連菌による上気道感染症患者および正常対照群との比較を行っている(31)。その結果、血清総コレステロール、HDLコレステロールは、活動性心膜炎患者において、他の群と比較して有意に低く、リウマチ熱患者においては、HDLコレステロールと炎症の活動性を表す血沈との間に負の関連を認めている。また、タイにおける研究でも、急性リウマチ熱患者におけるHDLコレステロールの低値が観察されている(30)。しかし、これらの変化は、リウマチ熱に対する宿主の感受性を左右する背景要因というよりも、急性炎症のための2次的な異化亢進によるものと考えられる。このような患者・対照研究において、血液検体など生体指標を測定するときには、「その指標によって表される栄養状態が、ある病態のリスクとなる」という仮説において、因果関係の逆転がおこる可能性が少なくないと思われる。そこで、我々の患者・対照研究においては、外来患者を初診時から約1ヶ月間フォローし、急性期(診断時)から約4週間後の"回復期"の血清検体を用いて、血清脂質、血清蛋白(アルブミン)、血清鉄、抗酸化ビタミン等を測定した(34)。その結果、社会経済指標および急性炎症の程度を補正した後に、ヘマトクリット、血清アルブミン、血清鉄、トランスフェリン飽和度の低値がリウマチ熱と有意に関連していた。一方、血清総蛋白、総コレステロール、中性脂肪、リン脂質については、関連が認められなかったE−1【TEXT-3】

まとめ

リウマチ熱と栄養との関連については、多くの者が"低栄養がリウマチ熱のリスクを高めている"だろうと予想し、1940年代より観察研究が行われているが、その"evidence"は以外と少ない。発展途上国におけるリウマチ熱の制圧という公衆衛生上の重要な課題に対する解決策の一つを示すということの他に、病態論としても、宿主の栄養状態の関与を調べることは大変興味深い。最近、著者らが報告したいくつかの知見により、慢性的なたんぱく質あるいは鉄の低栄養状態が、リウマチ熱のリスクを高めているということのevidenceが徐々に増えつつある。さらに、他の国や集団においても、同様の観察研究や栄養学的な介入研究によりデータが蓄積され、リウマチ熱およびリウマチ性心疾患の予防プログラムが、各国でより効果的にに行われることを希望する。


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